1. 疾患の概要
先天性リポイド副腎過形成症(congenital lipoid adrenal hyperplasia)(以下、LCAH)はsteroidogenic acute regulatory protein(StAR)の機能低下により、副腎や性腺から産生される全てのステロイドホルモンが欠乏し、ステロイドホルモン産生細胞に過形成と細胞質内の脂肪滴蓄積を特徴とする疾患です(1)。 46,XYの本症では非典型的な外性器を発症しうる性分化疾患としても位置づけられています。我が国の先天性副腎過形成症の中では、21-水酸化酵素欠損症の次に多く、約4%を占めます(2)。
2. 病因
LCAHはStARをコードするSTAR遺伝子の両アリル性の機能喪失型の病的バリアントに起因する常染色体潜性遺伝疾患です。ただし、優性阻害効果を示すSTAR遺伝子の片アリル性の病的バリアントが人種の異なる2例で報告されています(3,4)。STAR遺伝子のp.Glu258*が東アジアで創始者効果を有するため、本症は日本人、韓国人、中国人に多く、欧米人では非常に希です。
3. 病態
StARは副腎、性腺の全てのステロイドホルモン産生細胞に強く発現します。StARはステロイドホルモンの需要に応じて、コレステロールをミトコンドリア外膜から内膜へ転送し、ステロイドホルモンを産生します。このコレステロールのミトコンドリア内膜への供給は、全てのステロイドホルモン生合成に共通する律速段階となっています。よって、LCAHの主病態はコレステロールをミトコンドリア内膜へ迅速に供給することが出来ず、需要に見合ったステロイドホルモンを産生できないことです(図1)。上位ホルモンの刺激下で副腎や性腺のステロイドホルモン産生細胞は過形成を示し、コレステロールエステルが主成分と考えられる脂肪滴を細胞質に蓄積します。さらに、ステロイドホルモン産生組織中にマクロファージが集積し、そのマクロファージの細胞質内にも同様の脂肪滴が蓄積します(5)。これらの組織学的特徴が「リポイド過形成」と呼ばれる所以です。
本症では、副腎と精巣のステロイドホルモン分泌不全は出生時に存在しますが、卵巣のステロイドホルモン分泌不全は思春期以降に顕在化します。この発症時期の解離はtwo-hit theoryで説明されています(図2)(6)。前提としてステロイドホルモン産生能にStARを介する経路(StAR依存性経路)と介さない経路(StAR非依存性経路)が想定されています。正常ではStAR依存性経路により十分なステロイドホルモンが作られますが、本症ではStAR依存性経路が働かないため、StAR非依存性経路を介して少量のステロイドホルモンが作られます。この状態で上位ホルモンの刺激が持続すると、細胞質内への脂肪滴の蓄積に伴いStAR非依存性経路が働かなくなり、最終的にストロイドホルモン産生能が廃絶すると推測されています。
4. 臨床症候
本症は古典型と非古典型の2つの病型に分けられます(表1)。我が国では、本症の80%が古典型、20%が非古典型です(7)。ただし、両病型は連続したスペクトラムを形成するため、特に46,XX症例においては両病型の区別は時に困難です。
1)古典型
古典型の本症は相対的に重症で、全ての副腎皮質ホルモンの分泌不全を呈し、新生児期ないし乳児期早期に副腎不全を発症します。古典型の10%に新生児仮死が見られます(7)。46,XY症例では、胎生期のテストステロン分泌不全を反映して、外性器は女性型を示します。46,XX症例の90%では、乳房発育や初経が遅延なく自然に発来します(7)。しかし、その後月経不順となり早発閉経に至ることが多く、50%で女性ホルモン補充を要します(7)。46,XX症例の一部で卵巣嚢腫が見られます。茎捻転のリスクを有するため、46,XX症例では定期的な卵巣エコーが推奨されています。
2)非古典型
1歳以降に副腎不全が顕性化、ミネラロコルチコイド分泌能が保持、46,XY症例で完全男性型の外性器、の三つのうちのいずれかを満たす場合に非古典型と定義されます(7)。男女ともに一部で軽症の高ゴナドトロピン性性腺機能低下症が見られますが、性ホルモン補充を要する症例の報告はありません。よって、ACTH不応症との鑑別は困難です(8)。46,XX症例では、ホルモン補充療法なしで妊娠、出産に至ったとの報告もあります(9)。非古典型の46,XX症例の一部でも卵巣嚢腫が見られるため、定期的な卵巣エコーが推奨されています。
5. 診断と検査法
1)原発性副腎皮質機能低下症の診断フロー(図3)
臨床症状を伴って血漿ACTHやレニンが高値の場合には、原発性副腎皮質機能低下症と診断されます。さらに17ヒドロキシプロゲステロン(17OHP)などの中間代謝物や極長鎖脂肪酸の生化学的な評価で疾患を鑑別していきます。LCAHは生化学的な特徴を持たないため、性腺の表現型がなければ、先天性副腎低形成症やACTH不応症との鑑別は困難です。生化学的評価で原因が特定できない原発性副腎皮質機能低下症の中では、LCAHは女性で最も多い疾患です(図4)。
2)本症の診断
指定難病の診断の手引きを示します(表2)。副腎、性腺由来の全てのステロイドホルモンが低値、さらに血漿ACTH、血漿レニン、血清ゴナドトロピンが全て高値を示し、外性器が完全女性型の場合には古典型の本症を疑います。一般検査では、他の原発性副腎皮質機能低下症と同様に、低Na血症、高K血症、低血糖に注意します。画像診断では腹部CTが有用です。脂肪蓄積によるCT値低下(fatty attenuation)を伴う副腎腫大は古典型の86%で見られる本症に特異的な所見です (図5) (7)。ただし、副腎腫大が見られなくても、本症は否定できません。46,XY症例では、エコーで陰嚢/陰唇からそけい管にかけて精巣を同定できます。STAR遺伝子解析は診断にとても有用です。特に、副腎腫大が見られない症例ではコレステロール側鎖切断酵素欠損症との鑑別に、卵巣機能が保持されている古典型および非古典型の46,XX症例、精巣機能が保持されている非古典型の46,XY症例ではACTH不応症との鑑別に重要です。
6. 治療法
治療やモニタリングに関する明確なコンセンサスはありません。
1)副腎皮質ホルモン
副腎低形成症に準じた補充療法を行います。ヒドロコルチゾン補充は、古典型、非古典型にかかわらず、ほぼ全例で必要となります。フルドロコルチゾン補充は、古典型の全例、非古典型の63%で必要となります(7)。新生児期〜乳児期のヒドロコルチゾン10-25 mg/m2/day、幼児期以降のヒドロコルチゾン10-15 mg/m2/day、フルドロコルチゾン0.025-0.2 mg/dayを治療量の目安とします。身体的ストレス時にはヒドロコルチゾンを普段の3−4倍ないしは50-100 mg/m2/day に増量して内服させることが必要です。
2)外性器形成術と性ホルモン
古典型や非古典型の46,XY症例では、法律上の性に一致させて、男性ないし女性の外性器形成術を行うことが多いです。両側精巣を摘出した女性では、思春期相当年齢で女性ホルモンを補充します。古典型の46,XX症例では、二次性徴が進行しない場合や早発閉経になった場合に女性ホルモン補充が必要になります。
7. 参考文献
- Stocco DM, Clark BJ. Endocr Rev 1996; 17: 221-244
- 厚生労働省科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「副腎ホルモンに関する調査研究」による平成22年度全国調査 (http://www.pediatric-world.com/fukujin/p05.html)
- Baquedano MS, et al. J Clin Endocrinol Metab 2013; 98: E153-161
- Ishii T, et al. J Endocrine Soc 2019; 3: 1367-1374
- Ishii T, et al. Eur J Endocrinol 2016; 175: 127-132
- Bose HS, et al. N Engl J Med 1996; 335: 1870-1878
- Ishii T, et al. J Clin Endocrinol Metab 2020; 105: 1870-1879
- Metherell LA, et al. J Clin Endocrinol Metab 2009; 94: 3865-3871
- Hatabu N, et al. J Clin Endocrinol Metab 2018; 104: 1866-1870
- Amano N, et al. Eur J Endocrinol 2017; 177: 187-194